フリーワード検索

アイネットブログ

時価総額「兆円」単位のベンチャーも出現か 宇宙ビジネスの拡大から目が離せない理由

2023年10月18日解説

宇宙開発といえば、身近なものとしては気象衛星やGPS、あるいは大規模なものとして「はやぶさ」のような惑星探査といったプロジェクトを思い浮かべることでしょう。

しかし今、宇宙開発分野では一般消費者向けのビジネスが加速しています。世界で多くのスタートアップが誕生し、相次いで大型の資金調達を行っています。

将来的には世界で370兆円規模にのぼるとの予測もある宇宙ビジネスは、なぜそこまで拡大を見せているのでしょうか。

世界で進む怒涛の宇宙開発計画

月面着陸、火星探査、宇宙旅行など。
今、世界で競うように大型の宇宙開発計画が打ち出されています。

あくまで予定ではありますが、2023年以降を見ると大胆な計画が並んでいます。
予定されている、あるいは着手したミッションは大型のものを抜粋すると以下のようになっています*1。

国・企業・組織事項
2023インド・日本月探査計画「チャンドラヤーン」3号ミッション
スペースXスターシップで月飛行
2024日本+ドイツ+フランス火星衛星探査計画「MMX」打ち上げ
2025日本+ドイツ+フランス「MMX」火星到着。火星の衛星フォボスかダイモスに着陸。地表サンプルを採集
2028NASA月面に活動拠点を設置
2029日本+ドイツ+フランス「MMX」地球に帰還。採集サンプル回収
2030ロシア月面基地建設開始
NASA火星の有人探査計画実施(火星長期滞在も可能に)
2035NASA新型宇宙船+ロケット「SLS」が火星有人飛行&探査
2040世界「月面都市」が発展。一般の月旅行者が急増(年間1万人レベルとも)
2045中国月面基地から火星へ有人探査機打ち上げ
2056~2115スペースX火星に1万人レベルの都市を建設
2117UAE火星都市「火星2117」建設

計画の壮大さもそうですが、ここに多くの国が参入していることがわかります。

このうち、インドの月探査機「チャンドラヤーン3号」はすでに打ち上げが完了しており、8月17日にインド宇宙研究機関(ISRO)は着陸船モジュールが無事切り離されたと発表しています*2。月面着陸は8月23日の予定です*3。

チャンドラヤーン3号から撮影された月面
(出所:「Chandrayaan-3 Mission: The Moon, as viewed by Chandrayaan-3 during Lunar Orbit Insertion」ISRO)
https://www.isro.gov.in/Ch3_Video_Lunar_Orbit_Insertion.html

また、月に関して言えば、米カリフォルニア州の企業、ゲートウェーファンデーションが宇宙ホテルを計画しており、2027年の開業を目指しています*4。

広がる宇宙ビジネスの可能性

1960年ごろから始まった宇宙探査は、当時米ソの冷戦を背景にした軍事的な国威発揚の面もありました。
しかし現代の宇宙開発は、ビジネスとして様々な意味合いを持つようになってきています。

気象衛星やGPSによって私たちが日頃その恩恵を受けるのはすでに当たり前のことのようになっていますが、衛星の用途は多様化しており、宇宙開発事業は範囲も裾野も非常に広くなっています。

PwCは、現代の宇宙ビジネスの事業領域を3つに分けています。
1)「アップストリーム」:主にロケット・宇宙インフラ(人工衛星など)の製造・開発や打ち上げサービスが含まれる。
2)「ミッドストリーム」:主に衛星の管制・運用、地上局など地上設備〜衛星間のデータの送受信・保存が含まれる。
3)「ダウンストリーム」:主に宇宙インフラの活用や宇宙関連のエンドユーザー向けサービスが含まれる。
<引用:「日本企業の宇宙ビジネスの可能性―序論―」PwC>
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/space-business/space-business-introduction.html

具体的には、下の図のように分類されています。

宇宙ビジネスの事業領域
(出所:「日本企業の宇宙ビジネスの可能性―序論―」PwC
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/space-business/space-business-introduction.html
※HAPS=高高度基盤ステーションの略。携帯電話の基地局を搭載。

宇宙ビジネスは宇宙空間だけのものではありません。それぞれの高度で多くの民間企業が各種技術を提供していますし、地上局の存在があってこそ成り立ちます。

各種衛星や有人機の打ち上げといった大事業が「アップストリーム」にあるとすれば、当然その背景には「ミッドストリーム」として打ち上げやその後の衛星の管理、データ通信や衛星の制御技術が必要になります。

これまでは宇宙開発というと「アップストリーム」「ミドルストリーム」にある領域を連想しがちでしたが、PwCは「ダウンストリーム」にあるビジネスが盛り上がりを見せていると指摘しています*5。

宇宙開発の「ダウンストリーム」ビジネスとは

では、PwCが指摘する上の図の「ダウンストリーム」にはどのような事業があるのか、いくつかご紹介していきます。主に宇宙インフラの活用や宇宙関連のエンドユーザー向けサービスについては以下のようなものがあります。

衛星コンステレーション

まず、各種「衛星コンステレーション」計画です。
「コンステレーション」は「星座」という意味で、星座のように小型衛星を配置し、連動させることで位置情報測定の精度向上やインターネット網を広げようとするものです。
中には数十個、数百個の小型衛星で構成されるものもあり、これらは「メガコンステレーション」と呼ばれます。

スペースXが提供している通信サービス「スターリンク」はケーブル敷設の有無にかかわらず地球全体に高速インターネットアクセスを提供するもので、2019年から衛星の打ち上げが始まりました。最終的には合計4万2000個の衛星からなるという巨大なシステムが構築される予定です。戦禍にあるウクライナで利用されたことでも注目されました*6。

農業、防災にも

また、小型衛星は農業や防災分野でも活躍が期待されています。
衛星から地表の温度などを把握し水量を自動調整するようなシステムや、衛星にストックされたデータから最適な収穫時期を予測し、トラクターの自動走行につなげるという技術です*7。

また、食糧安全保障に繋げる動きもあります。
農林水産省は「農業気象情報衛星モニタリングシステム(JASMAI)の運用を始めています。これは、海外の主要穀物生産地域の気象情報を把握するものです。

異常気象による不作が起きそうな地域を事前に把握できれば、穀物の仕入れ方を工夫することもできるでしょう。

JASMAIの対象エリア
(出所:「農業気象情報衛星モニタリングシステム」農林水産省)
https://jasmai.maff.go.jp/

また小型衛星の利用方法として、災害発生時に衛星からの画像情報などを利用することで、被災地の位置情報などを早期のうちに正確に把握するという形もあります。

実際、小型衛星の打ち上げ数は下のように推移しています。爆発的な伸びと言えるでしょう。


小型衛星の打ち上げ数
(出所:「コンステレーションビジネスで広がる中小企業の宇宙産業への参入機会」日本政策金融公庫)
https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/soukenrepo_21_08_26b.pdf p2

技術の向上で、小型衛星の打ち上げが比較的低コストになったことも宇宙ビジネスの活性化を後押ししています。

2040年には370兆円市場へ

こうした宇宙利用が進むと、それに伴う通信や管理技術、またどのようにどの衛星を利用するかというコンサルティング業など、関連する企業が伸びていくことが予想されます。

世界的に見れば米衛星産業協会(SIA)の統計によると2021年の宇宙産業の市場規模は42.8兆円でしたが、モルガン・スタンレーなどが出した予測では、2040年には宇宙産業の市場規模は世界で2.7兆ドル(約370兆円)に達するとされています*8。

じつに、20年間で9倍程度の伸びが見込まれているのです。

日本でも多くのスタートアップが出現しています。大手企業からの出資を受けており、「宇宙分野は今後、日本の技術分野のベンチャーの中で唯一、上場後に時価総額が兆円単位になる企業が出てくる」という関係者の声もあります*9。

宇宙の利用は一部の公的機関だけでなく、私たち一般消費者にも身近なものになっていきます。
今後どのようなビジネスモデルが生まれていくのか、注目すべき領域と言えます。

アイネットの宇宙ソリューションはこちら



*1
寺門和夫「宇宙開発の未来年表」p6-7

*2
「Chandrayaan-3」ISRO
https://www.isro.gov.in/Chandrayaan3.html

*3
「インドが無人月探査機打ち上げ、月面着陸は来月下旬予定...成功なら米露中に次ぐ4か国目」読売新聞オンライン
https://www.yomiuri.co.jp/world/20230714-OYT1T50285/

*4
「世界初の宇宙ホテル、2027年の開業目指す」CNN
https://www.cnn.co.jp/fringe/35167426.html

*5
「日本企業の宇宙ビジネスの可能性―序論―」PwC
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/space-business/space-business-introduction.html

*6
「地球を覆う人工衛星網がウクライナからの映像を届ける」日経クロステック
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02040/00002/

*7
「人工衛星のデータ活用で農業が変わる!水温管理や土壌分析も可能に」NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/contents/ohabiz/articles/2023_0417.html

*8
「週刊ダイヤモンド」2023年8月12・19日号 p72

*9
「週刊ダイヤモンド」2023年8月12・19日号 p70-71

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

TOP