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地域の文脈を製品の価値に取り込む 新たなサプライチェーンの作り方

2023年03月22日解説

現在は流通の発展により、さまざまな地域の農産物や工芸品、地場産業の製品が簡単に手に入るようになりました。
しかし、その反面、本来ならその価値の一部であった、地域資源にまつわるさまざまな「文脈」や知識が、流通の過程で欠落してしまっています。例えば、その製品はどのような過程を経て生産されているのか、生産地の風土や歴史はどうか、生産者はどのような人たちかなど、です。

そこで、サプライチェーンに関わる人々が手を携えて、地域資源にまつわる「文脈」を発信し、その価値を流通させようとする取り組みがあります。
その事例をご紹介し、地域の貴重なリソースを生かしたサプライチェーンについて考えます。

地域特産品の価値とその発信

全国各地にはそれぞれの地域特有の農産物や木工品、伝統工芸品などがありますが、現在は流通の発展により、いながらにしてそうした製品が入手できます。
では、その価値はどのように判断されるのでしょうか。

本来なら消費者は、価格や外観、あるいは物質としての製品だけでなく、例えばその製品の生産過程のストーリー、生産地の風土や歴史、あるいは生産者にまつわるエピソードなどからも価値を見出すことができるはずです。*1

ところが、現在はそうした地域資源にまつわる文脈や知識が大幅に失われてしまっており、その結果、価格情報や外観などのごく一部の情報や知識によってのみ、購入の意思決定がなされる傾向があります。

その要因の一つは、流通や小売りの効率化が優先され、そのオペレーションをシステム化することによって、画一的な情報発信しか行われていないことではないか―そうした考えに基づき、新たなサプライチェーンを構築しようとする試みがあります。

それは、東京都台東区の香料製造メーカー・株式会社キャライノベイトが2016年から取り組んでいるプロジェクトです。*2

今までの流通にとらわれず、作り手と流通・小売が直接手を取り合って、地域資源に付帯する情報をデジタル技術によって発信し、その価値を流通させる機能を創り出す。そうした手法で、作り手が創出した価値にふさわしい対価をもたらすことのできる、新しいサプライチェーンの構築を目指しています。*1

農作物生産者とのコラボでその価値を発信する

高齢化・後継者不足で先行きが見えない地域農業と農産物を守るために、現地の人々や農家、大学や行政との協力のもとに取り組んでいる同社のプロジェクトをみていきましょう。*3

多くの人が農産物を生かした商品を使えば、農家の生活が安定し、より良いものがつくれます。また、多くの人が目にする機会があれば、その地域に興味を持ってくれる人もいるでしょう。
そうやって農家の営みが継続すれば、消費者は、地域の農産物や伝統をこれからも楽しんでいくことができます。

香料製造メーカーである同社は、このプロジェクトで、農産物と香りのものづくりを組み合わせ、その価値を日本中、世界中に発信し、そうした好循環を産み出そうとしているのです。

国造ゆず

石川県能美市国造(こくぞう)地域は、ゆずの町。昔は、農家の家にはゆずの木があるというのが常識といわれるほど、この地域はゆずと密接に関わってきました。*3

昭和の終わりに始まったゆずの生産には、最盛期には50戸の農家が携わっていました。ところが、国造ゆずは高齢化と後継者不足により、今では還暦を超えたわずか数名で管理しています。

同社は、2022年、石川県能美市で3年目を迎える交流イベント「石川県能美市 五感で堪能ゆずいろのくにツアー'2022」を開催しました。*4
ツアーテーマは「『国造ゆずから繋がる環』自然の恵み〜つくる人〜とどける人〜つかう人」。まさに、ゆずのサプライチェーンです。

目的は、能美市の自然、人々、歴史の魅力を発信し、ゆずや生産者を通して、能美市のファンになってもらうこと。

ツアーは国造ゆず畑から始まります。
そこでゆずの収穫をし、ゆずの花から採れたはちみつをその場で無農薬のゆずにかけて食べる体験をし、生産者の話を聞きます(図1)。


図1 石川県能美市 「五感で堪能ゆずいろのくにツアー'2022」の様子
出所)株式会社キャライノベイト「石川県能美市 五感で堪能ゆずいろのくにツアー'2022」
https://kyarainnovate.jp/yuzutour2022/

その後は、地元ならではの食材を堪能する食ツアーを経て、近辺の里山で採れた竹を使って弓を作ったり丸太をカットしてコースターを作ったりするワークショップを体験。

最後は、アロマ蒸留所との協力のもと、オンラインで多拠点を結ぶ、香りのワークショップです(図2)。


図2 国造ゆずの精油を使ったワークショップの様子
出所)株式会社キャライノベイト「石川県能美市 五感で堪能ゆずいろのくにツアー'2022」
https://kyarainnovate.jp/yuzutour2022/

午前中に訪れたゆず畑で収穫した果皮を使ってできた精油を、スギの精油とブレンドし、ルームスプレーを作ります。

中継をつないだのは、東京・浅草にある同社のストアや、アロマ蒸留所、小田原市の児童施設「明日葉」のこどもたち。そこに一般の参加者も加わりました。

国造ゆずのサプライチェーン

同社は、無農薬有機栽培の国造ゆずの果皮から抽出した精油を使用した化粧品を製造していますが、そのサプライチェーンは以下の図3のようなものです。*2


図3 国造ゆずのサプライチェーン
出所)KIBIDANGO「加子母ひのきをブランドに!寺社を支える優良ひのきの精油で化粧品を作りたい!」
https://kibidango.com/847

このようなサプライチェーンの中で、国造ゆずに付帯する価値を発信し、その認知度を高めます。
同社はこのために立ち上げたブランドの売上のうち2%を生産者に還元するというシステムを作っており、その成果として、これまでに合計40本のゆずの植樹が実現しました。*4

加子母ひのき

同社は、岐阜県中津川市、加子母地域のひのき生産者ともコラボしています。

加子母は古来から伊勢神宮の御用材を守り育てる御神木の里です。江戸時代には尾張藩領地でしたが、明治に入ると皇室の御料林となり、厳しく管理されてきました(図4)。*5

図4 加子母のひのき林
出所)株式会社キャライノベイト「加子母ひのきをブランドに vol.1」
https://kyarainnovate.jp/加子母ヒノキをブランドに

加子母のひのきは、伊勢神宮の20年に1度行われる式年遷宮で、神様の御神体を入れる器(御樋代)をつくるための「御樋代木(みひしろぎ)」として使用されています。
また、名古屋城の本丸御殿の復元にも使用されています。

しかし現在では、海外の安価な木材や2×4工法の普及によって、苦戦を強いられています。ひのきの販売額がひのきを伐る費用を下回ることさえあるのです。
それでも、加子母の人々は間伐をし、枝打ちをし、大切にひのきを育ててきました。

加子母ひのきの歴史と伝統、豊かな香り、そして建材としての素晴らしさ。同社はそうした本来の価値を発信するために、加子母森林組合の協力を得て、加子母ひのきの枝葉から精油を抽出し、製品を製造しています。*2

パッケージには加子母ひのきのストーリーや生産者の名前を記載し、国造ゆず同様、売り上げの2%を原料生産者に還元しています。

宇治茶とのコラボ

次は、宇治茶の生産者とのコラボです。*3

京都府相楽郡和束町の宇治茶生産は800年の歴史を誇ります。
その茶畑の景観は、京都府景観資産の第一号に登録されるほど美しいものです(図5)。


図5 京都府相楽郡和束町の茶畑
出所)WANOWA「WANOWAとは」
https://inimu.jp/?mode=cate&cbid=2384928&csid=0

和束町は寒暖差が激しく、山間に急勾配な山道がありますが、その環境が香り高い茶葉を育てます。

しかし、国内のお茶需要の低下などから後継者不足は深刻で、後継者をつくることを諦め、畑を手放す生産農家が多いのが現状です。

同社は和束町で栽培された無農薬の茶葉を焙煎し、ほうじ茶のアロマを生かした製品を作っています。

このように、同社は地域の伝統的な農作物を活用したブランドを作り、農作物にまつわるさまざまな価値を発信をしています。

「4つの場」

同社は伝統工芸に関するプロジェクトにも着手しています。

それは、これまで以上に地域資源に密着し、高品質で永続的なモノづくりを行うために、以下のような「4つの場」を地域コミュニティに提供するというユニークなものです。*1

  • 生産の場:伝統工芸を生産する場
  • 発信の場:伝統工芸や地域に付帯する知識を発信する場
  • 販売の場:生産者の声を直接伝える場
  • 休息の場:生産者以外のサプライチェーンに関わる人や消費者が、生産の場に集うオープンな場
伝統工芸を見据えたデジタル人材を上の4つの場に配し、大企業にひけをとらないビジネス展開を目指します。

こうした場を他企業と連携しながら形成し、生産者から消費者までが連動する新たなサプライチェーンを構築する―上述のように、すでに農産物では有益な成果が得られている手法を、地域の他の資源にも生かそうとする試みです。

地域の資源をいかしたサプライチェーンの構築のために

キャライノベイト社は、「物売りではなく事売りであれ」というコンセプトを大切にしています。そして、これまでみてきたように、どこで、誰が、どのような思いで造るのかを見える化し、1つの商品が創られるまでのストーリーを、より鮮明に打ち出そうとしています。*6

上述の取り組みのように、原材料生産者とメーカーが協働し、広く情報を発信すれば、多くの人々がその地域の資源を知ることになります。それと同時に、消費者にその地域資源にかかわる人たちの想いが伝わり、新しいサプライチェーンの道が形成されていくのです。

地域の豊かな資源を生かしたサプライチェーンの構築をどうするか―本記事でご紹介した取り組みはその大きなヒントになるのではないでしょうか。



資料一覧



*1
出所)一般社団法人地域資源サプライチェーンイノベーション研究機構「サプライチェーン」
https://nirsi.or.jp/archives/project/sc/

*2
出所)KIBIDANGO「加子母ひのきをブランドに!寺社を支える優良ひのきの精油で化粧品を作りたい!」
https://kibidango.com/847

*3
出所)WANOWA「WANOWAとは」
https://inimu.jp/?mode=cate&cbid=2384928&csid=0

*4
出所)株式会社キャライノベイト「石川県能美市 五感で堪能ゆずいろのくにツアー'2022」
https://kyarainnovate.jp/yuzutour2022/

*5
出所)株式会社キャライノベイト「加子母ひのきをブランドに vol.1」
https://kyarainnovate.jp/%e5%8a%a0%e5%ad%90%e6%af%8d%e3%83%92%e3%83%8e%e3%82%ad%e3%82%92%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%89%e3%81%ab/

*6
出所)株式会社キャライノベイト「人が馨る世の中へ」
https://kyarainnovate.jp/%e4%ba%ba%e3%81%8c%e9%a6%a8%e3%82%8b%e4%b8%96%e3%81%ae%e4%b8%ad%e3%81%b8/

横内美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

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