フリーワード検索

アイネットブログ

映画「ラストマイル」が描いた物流問題 生成AIはドライバーを救えるか

2025年12月23日DX

2024年に公開された映画「ラストマイル」は、サスペンスでありながら物流業界の大きな課題を描いたものとして大ヒットしました。

実際に日本の物流・運送業界では、人手不足やドライバーの労働環境の悪さがかねてから指摘されている一方で大幅な改善には至っていません。むしろ通販サービスの拡大で運ばなければならない荷物は増える一方です。
特に運送業者の最終拠点から目的地までの「最後の1マイル」=「ラストマイル(ラストワンマイル)」配送を担うドライバーの人手不足や労働環境の悪化は問題視されています。

デジタルの力でこの「ラストマイル問題」をどう解決できるか。物流という重要インフラを守るためのロボットや生成AIまで、様々なデジタル技術についてご紹介します。

ラストマイル問題とは

まずラストマイル問題とは何かについて詳しくみていきましょう。

宅配便の取扱数は急増を続け、2023年度には約50億個に達しました。*1
その一方で宅配便ドライバーの数は減少を続け、結果としてドライバー1人あたりの月間配達個数は2019年から2023年にかけて約29%増加しています。


ドライバー数の推移と1人あたりの月間配達個数
(出所:国土交通省「ラストマイル配送を取り巻く現状・課題について」)
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001897922.pdf p7

実数でカウントすると2023年度では、ドライバー1人あたりの荷物の月間配達個数は2633個に達しています。

さらに下請けの多重構造も問題になっています。7割以上の運送事業者が「自社のドライバー不足」などを理由に下請けのトラック事業者を利用しており、そのうち約3割は請負金額の90%未満で委託している状況です。


運送事業者の下請け利用状況
(出所:国土交通省「第1回トラック運送業における多重下請構造検討会議事次第 資料1」)
https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001760211.pdf 資料p5

映画「ラストマイル」に登場する委託ドライバー「佐野運送」は、まさにラストマイル事業者です。経営者でドライバーの父親は失業した息子に仕事を教えながら配達をしていますが、「休憩は30分だ」と言って息子を驚かせます。さらに「やっちゃんは休憩なしでやってたぞ」と自分が尊敬する、過労で亡くなったドライバーの話を繰り返し、家電メーカー勤めだった息子は引いてしまいます。
報酬の低い下請けは数運んでなんぼ、という世界を象徴するような親子の会話です。

また、時間指定や不在再配達サービスにより、ラストマイル事業者の負担は大きなものになっています。

IoTによる解決方法の模索

そこで近年登場しているのが、デジタルによる問題解決方法です。

実は中国のシリコンバレーと呼ばれる深圳では、配達用ドローンが街を飛んでいるのが当たり前の景色になっています。アイスミルクティーをオーダーすると十数分で氷が溶けないままドローンが運んでくる、というようなものです。*2

中国の飲食宅配サービス大手「美団」は2023年から深圳でドローンによる宅配サービスを始め、2024年末時点ですでに深圳のほか、広州や上海、北京などでサービスを展開し、100機以上のドローンが稼働しています。 生活用品や医薬品など広範な商品を扱い、通算約45万回の配達を実現したといいます。

日本でもドローンはラストマイル問題解決のひとつの手段として検討され実証実験も行われていますが、まだ導入には至っていません。

自動配送ロボ、配送経路のアルゴリズム計算

もうひとつの手段として長く注目されているのが自動配送ロボットです。

国内では、楽天グループの「楽天ドローン」が2024年から自動配送ロボットによる商品配送サービスを東京・晴海エリアで開始しました。

楽天の自動配送ロボット
(出所:楽天グループ「「楽天無人配送」を東京・晴海エリアで提供開始」)
https://drone.rakuten.co.jp/cases/20250121/


ただ、海外ではすでに広範囲で配達をこなすロボットが稼働しており、量産体制に入っているケースもあります。*3
中国のNeolix(新石器)は30以上の省・市の約10万平方キロメートルを超えるエリアで公道走行用のナンバーを取得した配送ロボを展開しており、2026年には10万台の運用を目指すとしています。
その他エストニアではClevon社が開発した自動配送ロボが欧州で初めて公道での走行を実現し、すでに欧米の複数地域で計5万キロ以上の走行実績を達成しています。

また配達経路の合理化もひとつの課題解決策です。
アメリカの物流会社では西海岸だけで毎日「6.7×10の143乗」もの組み合わせをアルゴリズムで計算し、最適な配送ルートを割り出しているといいます。*4

生成AIも物流DXに登場

そして、いよいよ生成AIを利用した配送の合理化も始まりました。Amazonの「VAPR(Vision-Assisted Package Retrieval)」と呼ばれるシステムです。*5

VAPRは配送用のEVバンに搭載されています。配送車がある目的地に到着したとき、荷台の天井に設置されたプロジェクターとセンサーの情報から、その場所で配送すべき荷物が一目でわかるよう、配送すべき荷物には緑色のマル印、その他の荷物には赤色のバツ印が投影されます。

「VAPR」による荷物の識別
(出所:Amazon.com「New AI tech in Amazon vans spotlights packages to save drivers effort and time」)
https://www.aboutamazon.com/news/transportation/amazon-vapr-delivery-van-packages

これによってドライバーは、伝票を自分で読んで確認したり停車場所ごとに荷物を整理しなおしたりする手間が大幅に省けます。
初期テストでは、ドライバーの体力的・精神的負担は67%軽減され、ルートごとに30分以上の時間節約が見られたといいます。

Amazonはこのシステムを物流倉庫での仕分けなどにも応用する予定です。*6


Amazonが2027年から導入予定の「VASS」システム
(出所:Amazon.com「This new AI tech will make sorting packages easier for Amazon's delivery station employees」
https://www.aboutamazon.com/news/transportation/amazon-ai-package-sorting-technology

すでにドイツで実施した初期テストでは、従業員の精神的負担の軽減、誤分類の大幅減少が見られた他、パッケージごとの仕分け効率では2つしか管理できなかったパッケージを、従業員は最大10個同時に管理できるようになったという結果が出ているということです。

忘れられがちな存在に目を向けるということ

日々の業務や生活の中でわたしたちは、頼んだ荷物が届くのは当然のことと認識してしまっています。商品の質や価格には目が行っても、その間を繋ぐ存在である運送は人の手によって行われていることがあまり意識されていないように感じます。
「送料無料」の流行も、それが「当たり前」になりつつあります。

しかし運送はどんな業界にも欠かせない社会の重大なインフラであり、持続可能な形でなければなりません。

「ブラックフライデーが怖い」。
映画「ラストマイル」では、それが理由で自ら命を絶った人物も登場します。

デジタルや機械の力でできることがあるならば、あらゆる企業が早急に解決策を見出す必要があるでしょう。




*1
国土交通省「ラストマイル配送を取り巻く現状・課題について」
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001897922.pdf p3

*2
朝日新聞GLOBE「ドローンがアイスティー配達、女性の声で話す無人タクシー...中国・深圳では日常?」
https://globe.asahi.com/article/15673716

*3
経済産業省「より配送能力の高い自動配送ロボットの社会実装に向けて(詳細版)」
https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250226002/20250226002-2.pdf p12

*4
日本経済新聞「テスラのラスト1マイル 持ち主は「移動事業者」に」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD169U30W4A011C2000000/

*5
Amazon.com「New AI tech in Amazon vans spotlights packages to save drivers effort and time」
https://www.aboutamazon.com/news/transportation/amazon-vapr-delivery-van-packages

*6
Amazon.com「This new AI tech will make sorting packages easier for Amazon's delivery station employees」
https://www.aboutamazon.com/news/transportation/amazon-ai-package-sorting-technology

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後TBSに入社、主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として国内外の各種市場、産業など幅広く担当し、アジア、欧米でも取材活動にあたる。その後人材開発などにも携わりフリー。取材経験や各種統計の分析を元に各種メディア、経済誌・専門紙に寄稿。


趣味はサックス演奏と野球観戦。



X(旧Twitter):清水 沙矢香
Facebook:清水 沙矢香


TOP