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DX失敗を避けるために 知っておきたい「FAST思考」

2022年06月08日DX

「DX」という言葉を、インパクトを持って世に知らしめた経済産業省の「DXレポート」が公表されたのは2018年のことです。

そこから数年が経ちましたが、いまだに日本企業のDXは遅れを取っています。

その最大の理由のひとつに「経営戦略に取り入れられていない」ということがあります。
また、これがDXの失敗を招く理由でもあります。

どうすればDXを失敗させずに済むのか。アメリカの専門家が指摘する「FAST思考」についてご紹介します。

「DX」を正しく認識しているか?

日本での「DX」への関心は世界に遅れを取っており、2018年の「DXレポート」公表とコロナ禍をきっかけにようやくその意識が追いついたという状況です(図1)。

図1 googleトレンドでみたDXへの関心
(出所:「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究の請負 報告書」総務省資料)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei//linkdata/r03_02_houkoku.pdf p12

特にコロナ禍での「テレワークへの対応」を急務として関心を持ったという企業は多いことでしょう。

ただ、「DX」はそれとは異なる性質を持っているということへの認識は十分とは言えません。
というのは、「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタルトランスフォーメーション(DX)」というのはまったく別物だからです。

その違いはこのようなものです。国連開発計画(UNDP)は、それぞれをこのように定義しています*1。
1)デジタイゼーション=既存の紙のプロセスを自動化するなど、物質的な情報をデジタル形式に変換すること
 
2)デジタライゼーション=組織のビジネスモデル全体を一新し、クライアントやパートナーに対してサービスを提供するより良い方法を構築すること
 
3)デジタルトランスフォーメーション(DX)=企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること。

わかりやすい例としては、このような具合です*2。
<DXの例:カメラ>
デジタイゼーション
 フィルムカメラをデジタルカメラに変えること。
 
デジタライゼーション
 写真現像の工程がなくなり、オンライン上で写真データを送受信する仕組みが生まれる。
 
デジタルトランスフォーメーション
 写真データを使った新たなサービスやビジネスの仕組みが生み出され、SNSを中心にオンライン上で世界中の人々が写真データをシェアするようになる。
上記の例で典型的なのは、NFTというまったく新しい事業(写真などのデジタルデータの所有権を仮想通貨で売買するもの)まで達してDXと言えるでしょう。
業務プロセスをデジタル化する「デジタイゼーション」や「デジタライゼーション」とは異なるのです。

「企業の70%がDXに失敗」

米ボストンコンサルティンググループのデジタルリーダーで、外交問題評議会の任期付き職員でもあるマシュー・ドアン氏は、このように指摘しています。
現在、多くの企業がDXに熱心に取り組んでいることは言うまでもない。しかしながら、DXに意欲がある企業がごく狭い範囲に焦点を当ててデジタル化を進め、慢性的かつ体系的な問題を見過ごして、(狭い範囲に)過剰に投資しているケースがしばしば見受けられる。
<引用:「日経ビジネス」2022年3月7日号 p60、太字は筆者による>

その上で、企業のDX失敗率は70%に上るとしています*3。

日本のDXの実態

2021年の「DX白書」によると、日本のDXの実態はこのようになっています(図2)。

図2 DXへの取組状況の日米比較
(出所:「DX白書2021 エグゼクティブサマリー」情報処理推機構)
https://www.ipa.go.jp/files/000093705.pdf p1

「全社戦略」に基づいている企業の割合が日米で大きく違うことが分かります。
「全社戦略に基づき、一部の分野においてDXに取り組んでいる」というのは全社DXへの途中経過として必要なステップですが、「全社的なDXに取り組んでいる」という企業の割合が日本では圧倒的に少ないことが分かります。

「日常業務を短絡的にDXするのではない」

ここでマシュー氏は興味深い指摘をしています。
日常業務を短絡的に「DXする」のではなく、計画を徹底的に考えたうえでのチェンジマネジメントが必要なのだ。
(中略)
医師が治療にあたって患者の心、身体、精神を含む全体を考慮するように、企業経営者は組織全体を考慮しながらDXを推進しなければならない。
<引用:「日経ビジネス」2022年3月7日号 p61>

また、マシュー氏は、企業をひとつの「生態系」として捉えることを推奨しています。

自然の生態系を考えたとき、例えば特定の種だけが過剰に繁殖してしまうと生態系のバランスが大きく崩れてしまいます。
それと同様に、特定の部門に特化しすぎたDXは、会社全体として見たときにバランスを欠いてしまうという指摘です。

そこで、DX導入にあたっての「FAST」の思考が大切であると述べています。
このようなものです*4。

  • Frequency discussed=活発な議論
  • Ambitious=野心的
  • Specific=具体的
  • Transparent=風通し良い組織
特に重要なのが「風通しの良い組織」であることでしょう。
DXの導入が部門ごとの「縦割り」で実施されてしまうと、のちに全社体制にしようとしても部門どうしの接続が難しくなってしまいます。
また、DXに対する熱量が組織間で違ってしまうと、組織がきしむ可能性すらあります。

よって、企業は全体を俯瞰した「設計図」を描いてからDXに取り組むべきです。
短絡的で部分的なDXへの投資は危険ですらあるのです。

DXにあたって、経営層の関与が重要であるというのはこうした事情によります。
戦略なくしてDXは成り立たない、と言っても過言ではないのです。

なぜDXに着手するのか。どのような順序で始めるのか。
設計図なきところに「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」ばかりを続けても、企業全体の成長にはつながりません。



*1、2
「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究の請負 報告書」総務省資料
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei//linkdata/r03_02_houkoku.pdf p4、p6

*3、4
「日経ビジネス」2022年3月7号 p60、62

清水 沙矢香

福岡県出身。2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や統計分析を元に各種メディアに寄稿。

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